競馬・名勝負烈伝⑬―「第56回 桜花賞」

あれは平成8年の4月、つまり新年度が始まったばかりの出来事であった。

私の妻は、つい数日前に買ったばかりの通勤定期券を紛失してしまったのであった。
彼女の弁によると「ある喫茶店で休んでいたとき、コートを椅子にかけてちょっとその場を離れた隙にコートのポケットの中にあった定期入れが無くなってしまっていた」ということであるから、紛失というよりは盗難に遭ったのであろう。
定期入れにはほかにもテレフォンカードやオレンジカードも入っていたので、それらも一緒に無くしてしまったわけだが、新年度が始まる際に、「6か月定期券を買ったほうが割安なのであるが、無くした場合ショックが大きいので安全策をとって1か月定期を買うことにした」というので定期券の被害額が少なくて済んだことと銀行のキャッシュカードやクレジットカードはそれに入れていなかったことがせめてもの救いであった。
だがやはり、ショックはショックだ。買ったばかりだったのに…と落ち込むのも仕方なかろう。
後日、定期入れは近所の駅の紛失品保管所に届けられていることが分かったが、運転免許証が入っているだけで、新品の定期券もテレフォンカード類のいわゆる金目の物はすっかり抜き取られてあった。


そういう事件があったその週末の日曜日は「桜花賞」が行われる日だった。
私はこの日、どう考えてもエアグルーヴが回避したこのレースの“勝負馬券”を決め切れなかったので予定していた馬券購入額の少しだけを使い、ゆえに「桜花賞」は主にレースを見ることのほうに専念することにした。

テレビを見ていると、突然、妻が「あ、この馬きれい!」と言った。

私の妻はほとんど、というか滅多に馬券を買うことはしない。
サラブレッドといわれる美しい馬のことや、そして騎手との関わりなどの話、つまりギャンブル以外としての競馬には少し興味はあったようであるが馬券を買うことは滅多にしなかった。
今でもそうである。

その彼女がこのとき見入った馬はファイトガリバーという馬であった。
ファイトガリバーは父親のダイナガリバー譲りの四白大流星の美しい馬であった。
彼女の好みだったのであろう。

そして、騎手は田原成貴であった。

トウカイテイオーが有馬記念で奇跡の復活勝利を遂げて以来、彼女は田原成貴騎手に注目していたのだった(私は昔からずっと田原ジョッキーのファンであった)。

「この馬きれい」と妻が言ったファイトガリバー、そして鞍上は田原成貴騎手。

私は「1,000円だけやってみるかい?」と言って、彼女に競馬新聞を手渡した。
彼女はしばらくほど考えたのち、競馬新聞にはほとんど目を通さずに、「じゃあ、ファイトガリバーの単勝に1,000円だけ」と私に告げた。
私的には彼女がファイトガリバー絡みの馬番連勝馬券や枠連馬券を2、3点買うだろうと思って競馬新聞を見せようとしたのだが、彼女はファイトガリバーだけを、しかも“単勝”馬券を買うと言うのだ。

ファイトガリバーはほとんど人気がなかった。10番人気だった。
「いくら何でも単勝馬券というのは厳しい。1着にならなければいけないんだぜ」と私は彼女に意見しようとしたが彼女の言うとおりに“ファイトガリバーの単勝を1,000円”購入した。この1,000円は彼女に委ねた以上、彼女がどう買おうと彼女の勝手だからだ。

そして桜花賞のレースが始まったのであった。
妻の選んだ注目のファイトガリバーはほぼ最後方に近い位置取りであり、私は「やはり無理であったか。ファイトガリバーは…」と思っていたのだが、徐々にするすると巧妙に馬群をさばいてみせて、最後の直線手前では好位置につけるとそこから見事な力強い伸び脚で駆け抜けてゴールではイブキパーシヴを半馬身差し切ってみせたのであった。

「おおっ!」

私と妻は驚きと感動と喜びの声を部屋中に響かせた。

「さすが!田原成貴やっ!」

確かに人気薄という気楽さはあったかもしれないが、田原ジョッキーの巧みな騎乗ぶりが光った見事なレース運びであった。

桜花賞の数日後、田原騎手はこう語っている。
ファイトガリバーに関して、まず感じたのは「短距離血統の母系から、カッとしやすい気性を受け継いでいる」ということだった。だから、厩舎でも馬場でもゆったりした環境に置いてやることでカッとしやすい気性を抑えることにつとめ、長くいい脚を使う部分を伸ばしてやるようにした。それが功を奏して桜花賞を勝てたと自負している。

この言葉どおり、続くクラシックレースの「優駿牝馬(オークス)」では、母系の血統面からやはり距離が不安視されたものの、最後の直線では後方から鋭い差し脚であのエアグルーヴに迫り、1馬身半差の2着に健闘した。
桜花賞の勝利は決してフロックではなかったことを証明してみせたのである。


さて、ファイトガリバーが勝った桜花賞での最終単勝倍率は27.3倍であった。
つまり、“27,300円”の払い戻しを受けた私の妻は、定期券を無くしてわずか1週間も経たぬうちにその損失額を取り戻すことができたのである。

新たに購入した妻の定期券の隅に、私は「第56回桜花賞 優勝ファイトガリバー(田原成貴)」とペンで書いた。

我が家にとっては、とてもラッキーだったといえるこの年の「桜花賞」であった。

画像


◎「第56回桜花賞」(1996年=平成8年4月7日)◎
1着 ファイトガリバー(田原)
2着 イブキパーシヴ(南井)
3着 ノースサンデー(横山典)
4着 カネトシシェーバー(菅谷)
5着 ホクトペンダント(的場)


画像


画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

シュウ
2008年04月11日 11:17
女子の閃きは時として大金を呼び寄せますね
…あっ…ワタシは愛なので閃きません
義妹はパドックで気に入った馬の単勝ばかり買ってます
もちろん新聞も見ず、オッズも見ず
それで我が家には馬のぬいぐるみがいくつ増えたことか
そして名馬列伝なるビデオもたんと…ありがたいことです
かくじろう
2008年04月11日 19:46
まこっちゃんさん、こんばんは。
そうなんですよね。当たるんですよ、そういう馬券。
私が能書きたれて買う馬券よりも娘が二ッ○ンスポーツの馬の顔写真をみて「この馬、頭、よさそー」とか言って決めた馬番で来たりするんですよ(泣)。奥様には「天の声」が聞こえたのですね。

まこっちゃん
2008年04月14日 07:22
>シュウさん、そして、かくじろうさん

こんにちは。

「閃き」には恐れ入ります!
こちらは前日から、いや1週間も前から、場合によってはずっと以前から一生懸命“推理”して頭を悩ませていたのは一体何だったんだろうっていうくらいに、「閃き」のほうに軍配が上がっちゃうんですよね(笑)。

まあ、予想(推理)するのが楽しいのですけれどもね(^^♪

今回の桜花賞にはビックリしましたぁ!!
2008年04月14日 19:31
ホント、びっくりしました!ていうかハム男、惜しかったです・・・。
まこっちゃん
2008年04月15日 07:49
ハム男さん、惜しかったのですか!?
あのあたりを狙うとはさすがですね。
私は全然ダメでした(>_<)
スポーツクラブで仲の良いオジサンは「単勝は取ったよ!」と言ってました。でも総計は大赤字だったそうです。どんだけ買ってるんじゃ!?(笑)
2008年04月15日 08:44
ハム男は18からの3連単10通りでした。
これできてたら1000万でしたね。3連複にしておけば私の口座に70万・・・。
また、がんばりまっす!
ニッカン○ポーツの占いで『小牧の運勢がいい!』と出てましたが信じてませんでした。
「ひなげしの花」2頭もアンカツもだめ。
それにしてもエアグルーヴの血統は不運ですね。ドラマですなあ。
単勝をとっても負けだったとは」!皐月賞も狙っていきますか。万馬券!
まこっちゃん
2008年04月16日 07:41
ハム男さんに「気を取り直して皐月賞も頑張ってください」とお伝えください(笑)。
狙いどころは見事でしたね!

皐月賞…。今度の土日とも水泳大会の応援の日なので馬ではなく仲間を応援したいと思います(笑)。

この記事へのトラックバック