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help RSS 競馬・名勝負烈伝F―「第49回優駿牝馬(オークス)」

<<   作成日時 : 2007/05/18 13:18   >>

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テレビの競馬中継を観ていて、あるいはラジオの競馬実況を聞いていて、本当に感心することがある。

よくもまあ、多頭数の馬が走っているのにも関わらず、馬の名前や鞍上の騎手の名前を間違えずにスラスラと実況できるものだ、と。

いくら枠番を示すヘルメットの色や、ゼッケン番号、勝負服の種類によって見分けしているにせよ、とちることなく噛まずに実況アナウンスできることは、「さすがプロのアナウンサーだ」と感心させられる。

だが、しかし、である。やはり長い競馬の歴史の中では“放送事故”もそれなりにあったようで、このたび取り上げた『第49回優駿牝馬競走(オークス)』では「天下のフジテレビが大チョンボをやらかしたオークス」として今なおも語り継がれているレースである。
ちなみにこの年の『オークス』の1番人気は桜花賞を楽勝したアラホウトク号(河内洋騎手=現調教師)が今となっては懐かしい単枠指定となり、2番人気はシヨノロマン号(武豊騎手)であった。
しかし、勝ったのは10番人気のコスモドリーム号であった。
鞍上は熊澤重文騎手。
あの熊澤重文騎手であった。
1991年の有馬記念ではブービー人気(15頭立て14番人気)のダイユウサク号に騎乗し、圧倒的1番人気のメジロマックイーンを破って有馬記念を制覇(しかもレコードタイム樹立)。単勝137.9倍の大波乱劇を演じた、あの熊澤重文騎手である。
また1996年のスプリンターズステークスでは快速馬エイシンワシントン号に騎乗するも僅か“1cm”の差で涙を飲んだ。長い写真判定の末、勝ったフラワーパーク号騎乗の田原成貴騎手は「熊ちゃんに悪いなあ」と周囲に苦笑いを残して勝利騎手インタビューに臨んだという逸話もある。あの熊澤重文騎手である。

熊澤重文騎手は騎手学校2期生であり横山典弘騎手や松永幹夫騎手(現調教師)と同期、武豊騎手の1年先輩にあたる。
コスモドリーム号でのオークス優勝により、騎手生活3年目で初の重賞勝ちをGI(しかもクラシック競走)勝利で飾る。満20歳3カ月での優勝はオークス史上最年少記録であった。
もともと同馬は当時新人の岡潤一郎騎手(故人)が騎乗していたが、岡がGI競走に騎乗するための勝利数(31勝)に達していなかったため、急遽最初に乗っていた熊澤が騎乗する事となったものである。
ちなみに関西所属の熊澤騎手はこの日が東京競馬場で初めての騎乗だった。東京競馬場への行き方も知らなかったらしい。

この“最年少でのオークス制覇”という晴れがましい勝利にもかかわらず、フジテレビは競馬実況中継で勝ったコスモドリーム号の名前は一度も呼ぶことなく、同枠に居たサンキョウセッツ号の名前を連呼してしまうという大失態を演じてしまったのであった。
実況中継を聞いていたファンは唖然、呆然、騒然…。フジテレビには抗議の電話が殺到したという。
当然、その夜の「競馬ダイジェスト」ではそのまま放送できるはずもなく、音声差し替え放送の処置がなされた。フジテレビから出されている「競馬年鑑」のビデオやDVDでも同様に音声は差し替えられている。おそらく“オリジナルのもの”はこの先も放映されることはないであろう。

このときの生放送の実況を「別冊宝島」から出版された競馬読本(1993年発行)で紹介されているので、そのまま抜粋してみた。
なお、アナウンサーの名前はご本人の名誉のために伏せておくが一時期、競馬担当から外されたそうである。しかし、今はめでたく(?)競馬中継に復帰されて頑張って実況されている。【 】内は当時モニターを見ていたであろうディレクター氏の声を想像したものだそうだ。

……外のほうから一気にゼッケン9番が突っ込んでくる。シノクロスか、シノクロスか。
【おいおい】
さあ9番はサンキョウセッツだ
【違うよな?】
サンキョウセッツが来た!
【来てないよな?】
そしてもう一頭、外のほうからマルシゲアトラス。
【それはいいって】
サンキョウセッツ!
【また来た】
サンキョウセッツです!
【よせよ】
郷原です!
【やめてくれっ!】
郷原、やっと牝馬のタイトル、クラシックタイトルを取りました。
【そこまで言う!】
単枠指定馬アラホウトクは直線伸びませんでした。
【それどこじゃね!】
9番のサンキョウセッ……コスモドリーム、コスモドリームか!?
【……ああ】いやあコスモドリームだったようですねえ。
【ど、どうしよ】
これは失礼しました。いやあ、びっくりしました!
【……オレ知らねえっと】

びっくりしたのはこっちだっつーの!
このアナウンサーは隣に居た解説者の大川慶次郎氏(故人)に「違うよ」と言われるまで、全然間違いに気づかなかったそうだ。

アナウンサーに一度も名前を呼ばれないままオークス馬になった、この事件の“被害者”であるコスモドリーム号は、その後もやはりあまり名前を呼ばれることなく、ひとつの重賞も勝てぬままひっそりと引退してしまった。

母親のスイートドリームは後ろに立った馬を蹴り上げようとする危ない癖があり、高価な種牡馬を種付けするにはリスクが大きかった、という。それでも何とかモガミを種付けしたのだが不受胎であった。それで半分ヤケになって、もう半分は万が一蹴り飛ばされても損害が小さいからという理由で種付けされたのが、当時“当て馬”(牝馬をソノ気にさせるために本番まで本来の種馬に変わり寄り添わせる牡馬のこと)をしていたブゼンダイオーだった。こうして翌年生まれたのがコスモドリーム号である。

そういう生い立ちを聞くにつれ、コスモドリーム号という馬に何とも愛おしい気持ちを抱いてしまうのは私だけではあるまい。

◎「第49回 優駿牝馬(オークス)」(1988年=昭和63年5月22日)◎
1着 コスモドリーム(熊澤)
2着 マルシゲアトラス(南井)
3着 アインリーゼン(東)
4着 フリートーク(増沢)
5着 シヨノロマン(武豊)


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